お墓に供える花のタブーとは?避けたい花と、その根拠を確かめる
お墓に供えてはいけない花として名前が挙がるのは、バラ、彼岸花、椿、スイセン、スズラン、アサガオ。どの解説を開いても、顔ぶれはほとんど同じです。
ところが、誰がそう決めたのかを書いた解説は見つけられませんでした。検索の上位に並ぶ十本を一本ずつ読みましたが、どこが定めた決まりなのかを示していたものは一本もなく、いずれも「タブーとされています」で文が終わっています。その先がないのです。
そこで、名前の一覧をもう一度並べる代わりに、根拠のほうを追いました。宗派の公式サイト、公営霊園の使用規則、国と東京都が出している有毒植物の資料を、一つずつ開いています。結果を先に書きます。花の種類を名指しで避けるよう書いていた宗教団体は、確認できた範囲で一つだけで、しかもその一文はお墓についてではなく、ご自宅のお仏壇をどう飾るかを説明する流れの中に置かれていました。種類を制限している霊園の規則は、開いた範囲では見当たりません。
では、何を供えてもよいのか。そこまでは言えません。散る、水が濁る、虫が寄る、隣の区画へ伸びる。こちらは実際に起きていることで、宗教とは別の理由で花を選ぶ根拠になりますし、掃除の代行で全国の墓地に伺っている立場からすると、傷んで残っている花の顔ぶれには毎回のように同じ傾向がありました。
どの花を選ぶかという話そのものはお墓参りの花の選び方に、造花にするかどうかはお墓に造花を供えてよいかにまとめました。ここでは「誰が言っているか」で三つに分けて整理します。宗派が公式に書いているもの。出典をたどれない言い伝え。管理する人と掃除する人の都合から来ているもの。守る重みは、三つでまったく違います。
もう供えてしまった花を、あわてて下げに戻らなくて大丈夫です
この記事にたどり着く方の多くは、すでに供えたあとだと思います。先週バラを持っていった。母が彼岸花を摘んで供えていた。帰ってから調べて落ち着かなくなった、という順番です。
そこで、叱られる仕組みがあるかどうかから確かめました。供える花の種類を理由に注意を受けるとすれば、その根拠は霊園の使用規則にあるはずだからです。
北九州市都市整備局河川公園部公園管理課が公開している「霊園使用のきまり」には、禁止行為がこう並んでいます。霊園又は碑石形像類を損傷し、又は汚損すること。他人の利用を妨げ、又は危険を感じさせる行為をすること。竹木を採取し、又は植物を採集すること。土地の形状を変更すること。ごみその他の汚物を捨てること。鳥獣魚類を捕獲し、又は殺傷すること。立ち入り禁止区域に立ち入ること。指定された場所以外に車を乗り入れ、又はとめおくこと。
供える花の種類に触れた条項は、この中にありません。
もちろん、全国すべての霊園を確かめたわけではありません。「制限は存在しない」とは書けないのです。書けるのは、公営霊園の使用規則をいくつか開いた範囲では、供える花の種類についての制限を確認できなかった、というところまでになります。
実際に書かれている決まりは、花よりも「包み」のほうにある
では、公営霊園がはっきり書いていることは何か。公益財団法人東京都公園協会の都立霊園よくある質問には、こうあります。
「お墓掃除の際に出た草や枝葉などは、各霊園の『下げ花置き場』または『ごみ集積場』にお捨てください。なお、『菓子』・『くだもの等のお供物』・『お花を包んだ紙やビニール』・『墓参の際に持ち込まれたビン・カン・ペットボトル』・『弁当の空き箱』などはお持ち帰りくださるようお願いいたします」(公益財団法人東京都公園協会「都立霊園に関するよくある質問」)。
花そのものは、下げ花置き場に置いて帰れます。持ち帰るのは、包んでいた紙とビニールのほう。この区別を書いた解説を、ほかに見つけられませんでした。
タブーの一覧を覚えるより、こちらのほうが当日に効きます。花束を留めている輪ゴム、値札のシール、水を含ませたゼリーの小袋も同じ扱いになりますので、花を挿したあとに手元へ残ったものは、まとめて持ち帰ってください。それだけで、管理者から見た「困った墓参」からは外れます。お供え物の意味と扱い方も、同じ考え方で整理できます。
避けたほうがよいとされる花は、五つの理由に分かれる
名前で覚えると、際限なく増えていきます。理由で分けると五つに収まりました。この記事は以降、この五つを一つずつ検証していく形で進みます。
| 避ける理由 | 名前の挙がる花 | 誰が言っているか | 確かめた結果 |
|---|---|---|---|
| トゲがある | バラ、アザミ | 浄土真宗本願寺派(お仏壇について)/花屋や石材店の解説 | 宗教側の記述あり。ただしお墓ではなく仏壇の文脈 |
| 毒がある | 彼岸花、スイセン、スズラン | 本願寺派が「毒花」と一語のみ。毒性そのものは国と都の資料 | 毒性は公的に確認できる。ただし誤って口にした場合の情報 |
| 香りが強い、花粉が落ちる | ユリ、クチナシ、キンモクセイ | 本願寺派が「悪臭花」と一語のみ。ほかは出典不明 | 花粉が墓石に付く汚れは実際に起きる |
| つる性、花ごと落ちる | アサガオ、椿、桜 | 出典を確認できず | 落花と絡みつきは現場で起きている |
| 色や形が縁起に反する | 黒い花、暗紫色の花、稲穂や麦 | 出典を確認できず | 裏づけを見つけられなかった |
右の二列を見比べると、傾向が浮かびます。上の三つには、宗教の側か公的機関の側のどちらかに、避ける理由と読める記述が文字として残っていましたが、下の二つについては、どれだけ探しても出どころに行き着きませんでした。
花の種類を名指しで避けるよう書いていた宗派は、一つだけでした
浄土真宗本願寺派が、お盆の特集記事として公開しているページに、次の一文があります。
「仏花は、阿弥陀さまのお徳を讃え、ご恩に感謝してお供えします。阿弥陀さまにお供えしているのに、花の向きを私たちに向けて供えるのは、美しい花を通して、私たちが清らかなお浄土や阿弥陀さまのおはたらきを受け取るためです。お店に『仏花』として花束が売られており、仏花には決まった種類の花があると思われている方もおられるようですが、そうではありません。季節の花をいけましょう。ただし、バラのようなとげ花、悪臭花、毒花、造花は避けましょう」(浄土真宗本願寺派の公式サイト。ページ内に本願寺新報2014〈平成26〉年8月1日お盆特集号との出典表記があります)。
とげ花、悪臭花、毒花。世に流布している分類の三つが、そのまま並んでいます。バラという具体的な花の名前を挙げたうえで避けるよう書いている宗派公式の記述は、五つの宗派のサイトを開いた範囲では、ここ以外に見つかりませんでした。
ただし、この一文には見落とせない条件が付いています。
この記述があるのは「お仏壇のお飾りには何が必要?」という見出しの下です。灯明、お香、仏花の三つをどう用意するかを説明していく流れの中に置かれた一文であり、同じページを最後まで読んでも、お墓の花についての記述は出てきません。つまり、日本で唯一見つかった「とげ花と毒花を避ける」という宗派公式の記述は、ご自宅の仏壇についての案内なのです。
この区別をした解説は、上位十本の中に一本もありませんでした。そもそも出典を示していないので、区別のしようがなかったのだと思います。
ほかの宗派の公式サイトでは、確認できませんでした
では、ほかの宗派はどうでしょうか。開いた五宗派のうち、花の種類を制限する記述を確認できたところはありませんでした。ただしこれは「決まりがない」という意味ではありません。公式サイトという限られた範囲で見つけられなかった、というだけです。
浄土宗のよくあるご質問には、お墓参りの手順が載っています。花についての言及は「きれいになったらお花、お線香をあげ」の一箇所のみ。とげ、毒、香りにあたる語は、本文中に出てきませんでした。
ここは注意が要ります。検索で「浄土宗 お墓参り 花」と入れると、要約として「香りの強い花やとげのある花は避けるべき」という趣旨の文が返ってくることがあります。実際のページを開くと、その記述はありません。検索結果の要約を出典として引くと、書かれていないことを浄土宗が言ったことにしてしまいます。
日蓮宗のポータルサイトは、お墓参りの手順を説明したうえで、供物についてこう書いています。「終わったら、花以外の供物は持ち帰り、仏壇にお供えする供物と同じように参会者でいただくようにしましょう」。花だけは置いて帰ってよいと読める記述ですが、避けるべき花の種類については、このページにも、仏壇について答えた別のページにも書かれていませんでした。
天台宗は、公式サイトに全国の僧侶の法話を載せています。岡山教区慈恩寺の河本寂昭氏による一篇には、こうあります。「お花はお釈迦様が生まれた時咲いていた青蓮華にちなんだシキビをお供えします。菊や百合も良いのですがシキビを忘れないでお供え下さい」。勧めているのであって、禁じてはいません。ここで百合が名指しで良いとされている点は、覚えておいてください。後ろの節で、この記述がもう一度効いてきます。
曹洞宗と真宗大谷派については、仏壇や墓参に関するページを複数開きましたが、該当する記述に行き当たりませんでした。
経典に「この花を供えるな」という一文は見つけられませんでした
供花の由来として語られる話は、主に二つです。厳しい環境でも咲く花の姿が、耐え忍ぶ修行になぞらえられるという解釈。もう一つは、釈尊が前世で燃灯仏に五茎の蓮華を捧げたという説話。
どちらも、花を供える理由を説明したものです。特定の花を除外する規定ではありません。
この節は短く終わります。探して見つからなかった、という報告以上のことが書けないからです。仏典は膨大で、確かめられたのは各宗派が公開している解説の範囲にすぎませんから、「存在しない」と言い切るには足りない調べ方だった、というところまでを正直に書いておきます。
彼岸花は、東京都の資料では墓地に生える植物として説明されている
毒を理由に挙げられる花の代表が、彼岸花です。毒があること自体は、公的な資料で確認できます。
東京都保健医療局の食品衛生の窓は、ヒガンバナについてこう記しています。毒成分は「リコリンが全草に含まれます。特に鱗茎に多く含まれます」。症状は「吐き気、おう吐、下痢、中枢神経の麻痺など」。誤食部位は「鱗茎、芽など」。
ここで一度立ち止まります。これは、誤って口にした場合の食中毒情報です。供えることの危険を述べたものではありません。誤食部位として鱗茎、つまり土の中の球根の部分が名指しされているところからも、この資料が想定している場面がどこなのかは読み取れます。
そして、同じページの冒頭の説明が、思わぬことを書いていました。日本全国の土手、墓地、道端など、人家の近くに繁殖している。避けるべき花として名前の挙がる植物の生育場所として、この資料は墓地をはっきり挙げているのです。
供えてはいけないと言われている花が、墓地に生えている。この事実に触れた解説を、競合十本の中に見つけられませんでした。
なぜ墓地に多いのでしょうか。土葬の時代に動物除けとして植えられたから、という説明をよく見かけます。ところが調べていくと、この説明はもともと樒(しきみ)についてのものでした。彼岸花の話として語られる過程で二つの植物が混ざったと見られ、彼岸花を動物除けに植えたと記した一次資料には行き当たっていません。
樒は、毒があると同時に、天台宗の法話が供えるよう勧めている花です
その樒が、話をさらにねじれさせます。
先ほどと同じ東京都保健医療局のページ群に、シキミも有毒植物として載っています。毒成分は「アニサチン、イリシン、ハナノミンなど。全草が有毒。特に実には毒成分が多い」。症状は「おう吐、下痢、めまい、けいれん、呼吸困難、血圧上昇など」。生育場所は「山中。墓地や寺院などに植えられていることが多い」。
先ほど引いた天台宗の法話が、忘れずに供えるよう勧めていたのが、この花です。
毒の有無だけで線を引くと、宗派が名指しで勧めている花まで除外されてしまいます。「毒花は避ける」という言い方が、どれほど大づかみなのかが分かる例です。実際に問われているのは、口に入るかどうかと、素手で触れるかどうかの二点だけであり、そこを見ないまま毒という一語で括ってしまうと、供えられる花が理由もなく減っていきます。
花立の水に毒が出ると、公的な資料が書いている花があります
毒の話が供花に直結する例が、一つだけありました。スズランです。
スズランについて、東京都保健医療局はこう書いています。毒成分は「コンバラトキシンなどで、全草に含まれますが、特に花の部分に多く含まれます。スズランを差した花ビンの水を飲んでも、中毒を起こすことがあります」。
花瓶の水。ここが決定的です。誤って口にした場合を前提とした情報ではなく、花を飾るという行為そのものに触れているからで、墓の花立に置き換えて読めば、出どころの分からない言い伝えとはまったく性質の違う話になります。
スイセンも近い性質を持ちます。厚生労働省の「自然毒のリスクプロファイル」は、スイセン類についてこう書いています。「全草が有毒だが、鱗茎に特に毒成分が多い」「食中毒症状と接触性皮膚炎症状を起こす。不溶性のシュウ酸カルシウムを含んでいて、接触性皮膚炎を起こす」。
接触性皮膚炎という言葉が、供花の場面では効いてきます。茎を切り、花立に挿し、しおれたら抜く。素手で触れる場面が何度もあるからです。
ただ、これらは供えてはいけない理由というより、扱い方の話に整理できます。手袋をして扱う。花立の水を流すときは、下げ花置き場や排水口へ向ける。小さなお子さんと一緒に伺う日は、その花を選ばない。この三つを守れるのであれば、避けるかどうかはご家庭の判断で決めていただいてよいと思います。花立の水の管理そのものは、墓石に水をかける行いの意味とあわせて考えると分かりやすくなります。
椿の「首が落ちる」は、誰が言い始めたのかまでたどれませんでした
椿を避けるべき理由として語られるのは、花が花ごと落ちる姿を、武家が嫌ったという説明です。競合十本のうち六本が書いていました。
出典は確認できませんでした。江戸期の武家の風習として語られることが多いのですが、そう書いた文献にはたどり着いていません。
明治期に生まれた話だという指摘もあります。薩摩と長州の出身者が要職に就いた時代に、その象徴とされた花への意趣返しとして広まった、という説明です。こちらも一次文献に届いていません。「〜という指摘もあります」以上には踏み込めない段階です。
確実に言えるのは、実務の側だけになります。椿は花弁が散らずに花ごと落ちます。落ちたものが区画に残り、雨に濡れると色が出て、乾く前に踏むと敷石にその色が移りますので、掃除に伺う立場からすると、確かに手間の増える花です。
この理由なら、縁起の話を持ち出さずに済みます。落ちた花をその日のうちに拾えるかどうか。次に伺えるのが半年先になるお墓であれば、椿を選ばないほうが墓所はきれいに保てますし、隣の区画へ落花が寄ることもありません。
「ユリは毒がある」は、確認できた範囲では猫の話でした
ユリに毒があると書いている解説が、複数ありました。これは追随できません。
東京都保健医療局が公開している間違えやすい有毒植物の一覧には三十一種が並んでいますが、その中にユリ属は入っていませんでした。チューリップ、キク、カーネーション、ツバキも同じく掲載されていません。国内で人に対する毒性を示した公的な資料には、行き当たらなかったのです。
ユリの毒性が語られる出どころは、おそらく別にあります。日本植物生理学会のみんなのひろばで、櫻井英博氏が農研機構への問い合わせの回答を要約して紹介しています。「ユリの仲間(ユリ属)は、人では根茎を食用にするのに、猫に対しては強い毒性をもち、全草に毒性があって花粉によって中毒をおこした例も実際にあるようです」。人が食べているものが、猫には強く効く。その対比が、そのまま書かれています。猫への毒性が知られるようになったのは1990年代からだ、とも述べられています。
猫に対する毒性が、人に対する毒性として広まった。そう考えると筋が通ります。天台宗の法話が百合を「良い」と書いていたことも、これで矛盾しなくなります。
ユリを避ける理由として書けるのは、香りの強さと花粉の二つまで。毒は書けません。
ユリの花粉は、墓石に付くと落としにくくなります
こちらは実際に起きます。オレンジ色の花粉が石に付き、時間が経つと石の中へ入り込みます。研磨された表面でも、白御影石のような明るい石ではよく目立ちます。
手当ては二段階です。供える前に、開いた花のおしべを指で摘み取る。買うときに花屋へ頼めば、その場でやってもらえます。
付いてしまったときは、こすらないこと。濡らすと繊維の中で色が伸びます。乾いた状態で、粘着テープを軽く当てて持ち上げるか、柔らかい筆で払い落とす。それでも残った色の扱いは、墓石の黒ずみと水垢の落とし方と、お墓掃除で使ってはいけない道具と洗剤にまとめてあります。金属たわしや酸性の洗剤に手が伸びやすい場面なので、先に読んでおくと安心です。
掃除に伺うと、傷んで残っている花には傾向があります
ここからは、実際に墓地へ通っている側の話になります。
私たちがお伺いした霊園と寺院は、これまでに638か所。参りに行けない方の代わりに掃除をしてお参りをする仕事なので、前回誰かが供えた花が残っている状態から始まることがほとんどです。
傷み方には、はっきりした偏りがありました。まず茎の傷み。水に浸かった部分が溶けて、花立の水が濁ります。次に落花。散った花びらが区画に残り、雨で貼り付きます。そしてつるの絡みつき。花立の縁や隣の区画の敷石へ、細い茎が伸びていきます。
ここで気づいたことがあります。傷み方を決めているのは、花の種類より、置かれてからの日数と気温のほうでした。8月の一か月だけで487件のご依頼をいただいていますが、気温の高い日が続くこの時期は、日持ちがよいとされる菊であっても一週間はもたず、種類による差はほとんど見えなくなります。
では、何を基準に決めればよいのでしょうか。次に自分が来られる日から逆算するのが、いちばん実際的です。来週また来られるなら、種類はあまり問題になりません。次が半年後なら、散らない花を選ぶか、供えずに手を合わせて帰る選択も含めて考えることになります。
ご依頼の理由を102名の方にうかがったところ、いちばん多かったのは「しばらく行けてなくて気になっていた」という答えで、半数を超えていました。行けない期間があること自体は、めずらしいことではありません。お墓参り代行を頼むときの流れのように、人に任せる方法もあります。ご自身で行かれる方も、日程だけ先に決めておくと、花の選び方は自然に決まってきます。
隣の区画に迷惑がかかるかどうかは、名前ではなく形で決まります
つる性の花を避けるべきだという説明も、よく見かけます。成仏の妨げになる、絡みつくのがよくない、といった理由が添えられていますが、出典は確認できませんでした。
面白いことに、アサガオには別の筋から公的な記載があります。先ほどの有毒植物の一覧に、アサガオが載っているのです。毒成分は「種子に含まれるファルビチンという配糖体」、症状は「腹痛、下痢など」、誤食部位は「種子」。
よく語られている理由には出典がなく、出典のある理由は別のところにある。ただし、切り花として供える場面で種子を扱うことはまずありませんから、これをもってアサガオを避ける理由にするには、やはり弱いままです。
アサガオを供えにくい本当の理由は、もっと単純でした。切り花にすると、半日でしぼみます。朝に供えた花が、その日の午後には形を残していません。
結局のところ、隣の区画に影響が出るかどうかは、いくつかの問いで判断できます。散るか。倒れるか。伸びるか。匂いが広がるか。どれにも引っかからないのであれば、花の名前が何であっても、隣へ迷惑がかかる場面はまず起きません。
| 見るところ | 起きること | 手当て |
|---|---|---|
| 散るか | 花弁や花ごと落ち、区画に残る | 次に来られる日から逆算する。当日に落ちた分は拾って帰る |
| 倒れるか | 背の高い花や花の重い花が風で傾き、隣へ寄る | 花立の高さに合わせて茎を短く切る |
| 伸びるか | つるが花立の縁や隣の敷石へ回り込む | つる性は短く整えるか、別の花にする |
| 匂うか | 香りが風下の区画まで届く | 強い香りの花は本数を控える。開ききる前のものを選ぶ |
この表には、花の名前が一つも入っていません。そこが要点です。名前で覚えると例外が出るたびに迷いますが、形で覚えると初めて見る花にも使えます。
故人が好きだった花が、避けたほうがよいとされる花だったら
バラが好きだった方に、バラを持っていきたい。この相談は、実際によくいただきます。
整理すると、こうなります。宗教の側でバラに触れているのは、浄土真宗本願寺派の一文だけ。それも仏壇についての案内です。本願寺派のご門徒であれば、その案内にそのまま従うか、菩提寺(ぼだいじ。先祖代々のお墓があるお寺)でどう考えられているかを伺っておくのがよいと思います。ほかの宗派の公式では、バラへの言及を確認できませんでした。
残るのは、トゲで手を刺すという現実的な問題です。花立に挿すときも、しおれた花を抜くときも、茎を握ります。花屋に頼めばトゲは取ってもらえますし、ご自身で取るのであれば、園芸店で売っているトゲ取りの器具か、厚手の手袋と剪定ばさみがあれば足ります。
それでも気になるなら、間を取る方法もあります。菊やカーネーションを主にして、バラを一輪だけ添える。あるいは、手を合わせている間だけ供えて、帰るときに持ち帰る。持ち帰った花は、ご自宅で飾っても構いません。
ここで一つ、はっきり書いておきます。知らずに供えていたことを、間違いだったと考える必要はありません。名指しで禁じている記述が一つしか見つからず、それも別の場所についての話だった、というのが調べた結果です。
迷ったとき、聞く相手は三つに分かれます
最後に残るのは、誰に確かめれば早いのかという問題です。三つの窓口が、それぞれ違うことに答えてくれます。
| 窓口 | 答えてもらえること | 拘束力 |
|---|---|---|
| 霊園の管理事務所、寺院墓地なら寺務所 | 置いたままにしてよいか、下げ花置き場の場所、鉢植えの可否、ごみの扱い | あり。その墓地では守る必要がある |
| 菩提寺 | 宗派の考え方、その寺に伝わってきた慣習 | 宗教上の指針として |
| 花屋 | トゲ取り、おしべの処理、その季節に日持ちする花 | なし。技術と経験の話 |
実際に守らなければならないことを持っているのは、いちばん上の窓口だけです。開門と閉門の時刻、車をどこまで入れられるか、抜いた草をどこへ捨てるか。供える花をどうするかより、こうした運用の部分のほうが、当日の動きをよほど大きく左右します。
電話は一本で済みます。何年ぶりかで伺うお墓なら、この一本が最も効きます。
お墓に供える花について、よく聞かれること
ひまわりを供えても差し支えありませんか
禁じている記述は、宗派公式でも霊園規則でも確認できませんでした。気にするとしたら実務の面です。夏の花なので供える時期は気温の高い季節と重なり、花立の水が濁るのが早く、茎も傷みやすくなります。花が大きく重いので、風で傾きやすくもあります。茎を短めに切って花立の高さに合わせると、倒れにくくなります。
あじさいはどうですか
こちらも、避けるべきだと書いた公的な記述は見つけられませんでした。あじさいは茎が水を吸い上げにくく、供えてから萎れるのが早い花です。切り口を斜めに深く切ってから挿すと多少持ちますが、花の形を残したまま乾いて色が抜けることもありますので、次に伺える日が遠いお墓には向きません。
庭に咲いた花を持っていってもよいですか
禁じている記述は確認できませんでした。ご自宅で咲いた花を供えるのは、昔から行われてきたことでもあります。ただ、市販の切り花と違って虫が付いていることがあります。持っていく前に軽く振って虫を落とし、切り口を斜めに切り直してから一時間ほど水に浸けておくと、現地に着いてからの日持ちがはっきり変わります。
墓地に咲いている彼岸花や樒を切って供えてもよいですか
これは、はっきり禁止されています。先に引いた北九州市の霊園使用のきまりに「竹木を採取し、又は植物を採集すること」が禁止行為として挙げられており、東京都霊園条例にも植物を採ることを制限する条文があります。園地に生えているものは、霊園の財産です。目の前に咲いていても、切り取って供えれば禁止行為にあたります。
鉢植えを置いてもよいですか
墓地によります。置いたままにできる区画もあれば、区画外にはみ出すものを認めていない墓地もあります。判断するのは管理事務所なので、置く前に確かめるのが確実です。
タブーとされる花を供えて、お寺から注意を受けることはありますか
確認した範囲では、花の種類を理由にした制限を宗派公式で見つけられたのは一件のみで、それも仏壇についての記述でした。とはいえ、寺院墓地には各寺の慣習があります。年忌法要などで住職と顔を合わせる機会があれば、そのときに伺っておくと以後は迷いません。
覚えて帰るとよいのは、花の名前ではなく二つの問いです
調べたことを並べ直します。名指しで花の種類を避けるよう書いていた宗教団体は、浄土真宗本願寺派の一件だけ。それもお仏壇についての一文でした。ほかの宗派の公式サイトでは確認できず、供花の由来を語る説話をたどっても、特定の花を除外する規定には行き当たりませんでした。公営霊園の規則に、花の種類の制限は見当たりません。書かれていたのは、包み紙とビニールを持ち帰ること、そして園地の植物を採らないことでした。
毒については、公的な資料で確かめられます。ただし、その多くは誤って口にした場合を想定した情報です。供花の場面に直接つながるのは、スズランの花瓶の水についての記述と、スイセンの接触性皮膚炎の記述の二つでした。
椿の言い伝えは、出どころにたどり着けませんでした。ユリの毒は、猫についての話が人に置き換わったものと考えられます。つる性を避ける理由も、確認できませんでした。
そのうえで、冒頭の問いに戻ります。誰が禁じているのか。答えは、ほとんど誰も禁じていない、けれど配慮すべき理由は確かにある、という形になりました。
だから、覚えるのは二つの問いで足ります。一つ、それは置いたままになるか。散る花も、水が濁りやすい花も、つるが伸びていく花も、この問いで拾えます。二つ、素手で触れる人がいるか。トゲも、皮膚に触れて起きる毒も、衣服や墓石に付く花粉も、すべてここに入ります。
この二つを通れば、名前が何であれ供えて構わないと思います。逆に言えば、日持ちがよいとされる菊であっても、真夏に置いたままにしておけば、避けるべきだと言われている花とまったく同じことが起きます。お墓参りで決まっていることと決まっていないことを整理したときにも、同じ結論になりました。守るべきものは、教義よりも運用の側にありました。お墓参りで避けられてきた振る舞いやお彼岸の過ごし方、線香の意味と供え方も、同じ目で読み直せます。
お墓の前に立ってしまえば、花の名前を思い出している時間はごく短いものです。水を替え、茎を切り、花立に挿す。そのあいだに浮かんでくるのは、たいてい別のことだと思います。その花を喜んだ顔だったり、一緒に選んだ日のことだったり。
供える花の決まりは、そこへ行き着くための足場にすぎません。足場が心もとなくて足が向かないのなら、必要なところだけ持っていってください。